「ジャズを聴く」酒とバラの日々(Days of Wine and Roses) ヘンリー・マンシーニ作曲 1962年

 

 美しく親しみやすいメロディとハーモニーで、ジャズだけでなく様々な軽音楽のアレンジでも有名な「酒とバラの日々」。お洒落で洗練された名曲ですが、実はかなりシリアスな内容を扱った映画のサウンドトラック(劇中楽曲)でした。映画「Days of Wine and Roses」は1962年12月に公開されたアメリカ映画で、監督はブレイク・エドワーズ(Blake Edwards 1922年-2010年)、音楽はヘンリー・マンシーニ(Henry Mancini 1924年-1994年)。このコンビで有名な映画が「ティファニーで朝食を(1961年)」で主演のオードリー・ヘップバーンが歌った「ムーン・リバー」はあまりにも印象的な楽曲ではないでしょうか。
 映画「Days of Wine and Roses」は、カップルの出会い、結婚など、前半は恋愛映画の様相なのですが、徐々にしかも実に自然にアルコール中毒になっていくストーリー展開で、実在するAAという団体(アルコホーリクス・アノニマス  Alcoholics Anonymous)が制作協力し劇中にも何度も出てきます。ただ単に、啓蒙的であるとか、依存症の恐怖を誇張して描く、といった短絡的なものでは無く、非常に複雑な人間心理を描いている映画だと思います。音楽も煽る様なものは少なく、ただ淡々と美しい。シリアスなストーリーに対して奇妙なまでに美しい音楽、モノクロの映像、は創造力を大変刺激する映画だと言えます。


 作品タイトルは、アーネスト・ドーソン(1867年-1900年)というイギリスの詩人の詩(1896年)から引用されており、劇中でも以下の詩が前半のカップルの会話の中で引用されます。


They are not long, the days of wine and roses
Out of a misty dream
Our path emerges for a while, then closes
Within a dream.


『儚き(はかなき)は、酒とバラの日々。2人の道は霧の中より出て、夢のうちに消えん』
(日本語版字幕)カップルの将来を暗示する様な内容です。



ライトモチーフ(Leitmotiv:独)
 もともとはクラシックのオペラなどの用語で、ある主題となる旋律を設定しそれを、場面や心情に合わせて変化させる手法のことです。「酒とバラの日々」は冒頭のオープニング(上の動画)で、まず提示されます。映像は、水(酒)に揺らめくバラの花が出てきます(モノクロ)。
 前半はこのライトモチーフが多用され(幸福の象徴)、開始から15分,21分,33分,39分,49分で出現します。内容自体もシリアスさは感じられずコミカルな要素なども多く出てきます。しかし徐々にアルコールを飲む事が多くなって、60分にはライトモチーフは「醜悪に変奏された形」で提示されます。その後、64分に出た後は30分くらいはこの旋律は出てきません。以下田丸調べ。

 

映画「酒とバラの日々」におけるライトモチーフの位置
映画「酒とバラの日々」におけるライトモチーフの位置

楽曲について(構成)
  楽曲の構成はABAB形式。Aは2回共完全に同じ旋律ですが、Bは上行の仕方が変わります(矢印部分)。2回目は順次進行で上がって行き、到達する音はこの楽曲の最高音になり、ここがクライマックスと解釈出来ます。「ムーンリバー(1961年)」「サンフラワー(ひまわり)(1970年)」もそうですが、ヘンリー・マンシーニはこうした緩やかに流れる様な旋律が大変美しい作曲家です。

 

楽曲について(歌詞)
  作詞はジョニー・マーサー(Johnny Mercer 1909年-1976年)、キャピトル・レコード創立者の1人で作曲家でもある。1945年にジョゼフ・コズマによって作曲されたフランスのシャンソン「枯葉」の英語版を1949年に作った人物です。ヘンリー・マンシーニとは「ムーン・リバー」「酒とバラの日々」でコンビを組みました。

 

The days of wine and roses

laugh and run away like a child at play
Through the meadowland toward a closing door

A door marked "nevermore" that wasn't there before

The lonely night discloses

just a passing breeze filled with memories
Of the golden smile that introduced me to

The days of wine and roses and you

 

日本語訳 

1973年 倍賞千恵子『アカデミー賞主題歌を歌う(1973年)』

訳詞:あらかはひろし(レコード会社、キングレコードのスタッフのペンネーム)

 

幸福の日々は束の間に過ぎ去りて、行く道を閉ざす『二度と戻れない』扉のその奥を、人は知らず。1人の夜は思い出す、去りし日の満ち足りた微笑みを、酒とバラの日々を、『そしてあなたの事を』※『』は田丸追記


1962年「酒とバラの日々」アカデミー賞歌曲賞受賞。1964年グラミー賞最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞。主に63年以降、多数のカバーバージョンが出版されます。主なカバーアーティスト(ジャズだけでなく、ポップ、ファンク等含む 田丸調べ)

 

Andy Williams(1963) 流行歌歌手 ムーン・リバーの演奏で有名     
Art Farmer(1963) ジャズトランペット(フリューゲルホルン)奏者
Billy Mure(1963) ビリー・マー ギタリスト      
FRANK SINATRA (1963) ジャズ、ポップ歌手
JIVE BOMBERS(1963) ジャイブ・ボンバーズ R&Bグループ    
McCoy Tyner(1963) マッコイ・タイナー ジャズピアニスト
Peggy Lee(1963) 歌手・女優      
Patti Page(1963) ポップ歌手
Pat Boone(1963) パット・ブーン ポップ歌手      
RENE TOUZET & HIS ORCHESTRA (1963) レネ・トゥーゼ キューバ出身 ラテン楽団
Sammy Davis, Jr.(1963) 俳優 マルチエンターティナー    
Woody Herman(1963) ビックバンドリーダー クラリネット サックス奏者
The Four Freshmen(1964)  男性コーラスグループ  
Brenda Lee(1964) ポップ歌手
Matt Monro(1968) 「黄金の声を持つ男」       
Johnny "Hammond" Smith(1968) ジョニー・スミス ファンキーハモンドオルガン奏者
Shirley Bassey(1968) シャーリー・バッシー イギリスの歌手 007シリーズのテーマ曲
その他多数

 

この楽曲が60年代の代表的な流行歌だったことが、分かると思います。

 

【多様な録音の紹介】

Oscar Peterson Trio「We Get Requests」(オリジナル録音1964年)(リマスター2005年)
Oscar Peterson (Pf)  Ray Brown(B)  Ed Thigpen(エド・シグペン)(Dr)
アナログレコードの時代から「高音質」と絶賛されていた名盤。ピアノがセンター、ベースが右、ドラムがやや左寄りのミキシングで、個々の音が際立つバランスになっています。トリオの場合はベースソロを行う事が多いですが、このバージョンは省略されあっさりとした構成になっています。

 

Count Basie and His Orchestra「Broadway And Hollywood... Basie's Way(CD版)」
(オリジナル録音1967年)(リマスター2009年)
オリジナルはLPレコード「Hollywood - Basie's Way(1967年)」に収録されており、録音はかなり歪んだ音質になっています。2009年にデジタルリマスター版として「Broadway And Hollywood... Basie's Way 」として再発されました。1コーラスが終わって2コーラス目はトランペットが派手なフレーズを吹くと、「サックスソリ」と呼ばれるビックバンド特有のサウンドが現れます。その後3コーラス目は最初の雰囲気に戻り、最後はダイナミックなエンディングを迎えます。音質はいまいちですが、音楽的には当時のビッグバンドスタイルの素晴らしい演奏を聴く事が出来ます。

 

Mark Turner「In This World」(1998年)
マーク・ターナー(T.Sax)ブラッド・メルドー(Pf)

ラリー・グラナディア(B)ブライアン・ブレイド(Dr) 
柔らかくダークなテナーサックスの音色で知られる、マーク・ターナーの4枚目のアルバム。非常に現代的な(コンテンポラリーな)サウンドです。冒頭(イントロ)や、ソロの合間に見られる間奏部分は、「原曲のメロディの最初の2音」を拡大解釈して作られたものです。幻想的なサウンドのジャズをお楽しみいただけると思います。バックのメンバーも強者揃いです。

 

Sarah Vaughan「Sarah Vaughan Sings the Mancini Songbook」
(オリジナル録音1965年)(リマスター1998年)
原曲の雰囲気に近いアレンジ。ジャズボーカリスト、サラ・ボーン(1924年-1990年)による名演です。低域寄りの太い声が独特の雰囲気(ブルース色の強い雰囲気)を醸し出しています。歌詞『二度と戻れない』の部分”nevermore”のneverを2回繰り返して強調しているところがちょっと面白い。前述の様々なカバーバージョンの中でも、際立つクオリティの演奏です。

 

Howard Roberts「Color Him Funky」(オリジナル録音1963年2/12,13,HollyWood,CA)(リマスター2011年)
Howard Roberts(Gt)Paul Bryant(Org)

Chuck Berghofer (チャック・バーグホファー)(B)Earl Palmer(Dr)
ジャズギタリスト、ハワード・ロバーツ(1929年-1992年)のバージョン。ファンキー・ジャズと呼ばれるスタイルで、ブルース的な感覚やゴスペル的な雰囲気が強調され、トーンホイールオルガン(ハモンドB3)が用いられるスタイルです。オルガンが入るグループは通常、ベースを足鍵盤または左手で弾くのでベースレスが一般的ですが、このグループはベース入りです。その事によってオルガンの2段鍵盤を駆使して音色を途中で変えてダイナミックな効果を出しています。またレスリースピーカーという回転スピーカも用いられています。

 

Sam Most「Any Time Any Season」(1987年) 
Sam Most(Fl) Frank Collett(Pf)  UK StrtingOrchestra(弦楽アンサンブル)
ジャズフルート奏者サム・モスト(1930年-2013年)の18枚目(生涯で22枚出しています)のアルバムに収録されているバージョン。打楽器の要素はなく、ピアノとデュオか、弦楽アンサンブルが入る形のゆったりとしたサウンド(クラシック寄り)のアルバムです。このバージョンでは、通常のフルートよりも管長が長い(音程は4度低い)アルトフルートをあえて使用しています。しかもリーダー作なのにアンサンブルを重視したミキシングで、フルートの音はとても奥ゆかしい、何とも渋いサウンドです。原曲の雰囲気を大切にした名演だと思います。

 

Milt Jackson「Big Mouth」(1981年)
ジャズヴィブラフォン奏者、ミルト・ジャクソン(1923年-1999年)のバージョン。1951年から74年まで、モダンジャズカルテット(MJQ)のメンバーとして活躍し、日本でも大きな影響を与えました。実は「Milt Jackson and Big Brass(1963年)」というアルバムで、軽快なビッグバンドをバックにスイングスタイルで演奏するアレンジでこの曲をレコーディングしているのですが、今回はあまり取りあげられない80年代のサウンドを聴いてみます。当時は電気楽器や、クロスオーバーフュージョンと言われた時代で、ラテンやロック、ファンクなどの要素を無理矢理(?)融合した(クロスオーバー)感じをお聴きいただきます。ちょっと微笑ましい折衷主義的サウンド。

 

Wes Montgomery「Boss Guitar」(オリジナル録音1963年8/22,NY)(リマスター1989年)
Wes Montgomery(Gt) Melvin Rhyne(メルビン・リン)(Org) Jimmy Cobb(Dr)
1940年代、ニューヨークを中心に起ったモダンジャズの革命「ビ・バップ」。その時代にチャーリー・クリスチャン(1916年-1942年)というギタリストが、それまでコード伴奏に徹していたギターで「単音でソロを取る」というコンセプトを初めて打ち出したと言われています。ウェス・モンゴメリー(1923年-1968年)はその単音ソロ奏法を独学で、かつ独自の演奏フォームで(弦をピックではなく親指で弾く)発展させました。先ほど聴いたハワード・ロバーツと同年の演奏です。こちらはトリオなのでオルガンは左手(と足鍵盤?)でベース(スピーカーは右から聴こえます)、右手でコード伴奏やソロ(左から聴こえます)を演奏しています。

 

Tomonao Hara(原 朋直) & Yuki Arimasa Duo「The Days of Wine and Roses」(2014年)
原 朋直(Tp) ユキ・アリマサ(Pf)
トランペットでサブトーン(かすれた様な音)を出すのは非常に難しいのですが、日本が誇る現代のジャズトランぺッター原 朋直氏は、終始そうした切ないサウンドを奏でています。音質も非常に素晴らしい、made in japanの名演。Youtubeにはありません。ハイレゾ版がおすすめです。